2018/9/8 十日目の記録 【波止場のワークショップ】

2018年9月8日のワークショップ記録です。
午前中は飯名尚人さんによる写真とパフォーマンスのWS 、午後は松島誠さんによる身体についてのWSを行いました。

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ー10:00、2Fスタジオで午前のワーク開始
【飯名尚人さんWS】
→前回の課題「自分のとっておきの写真を一枚、飯名さんに送る。次回プリントアウトするので、その前でするパフォーマンスのプランを考えてくる。」

●発表
スタジオの部屋の中、好きなところに自分の写真を貼る。例えば壁やカーテンでもいいし、椅子に貼って効果的に移動させたりしてもいい。そして、その写真から作ってきたパフォーマンスを発表していく。

・神棚の写真(ウェイウェイ)タンバリンを持参して音を鳴らしながら、写真の前で舞のような儀式をしてみせる。(最後は、弓矢を放つ動作をして何かを叫んで終わった。 )
・自分の子供のころの写真(田村)を自分の身体に貼って、鏡の前でバレエを踊ってみせる。動くうちに身体の写真はどんどんくしゃくしゃになって、鏡の前にへたり込み、「疲れた」といって終わる。
・電車で大量の野菜を運ぶおじさんの写真(シュウロウ)写真のおじさんが電車に乗ってきてから降りるまでを再現してみる。
●感想
飯名「一枚の写真から、どの情報をピックアップするかという課題であったが、全員おもしろく、うまくまとめていた。」

●飯名さんの作品を見る
スタジオを写真展にして、そこで行われたパフォーマンス。貼られている写真は飯名さんの先輩のもの。
音楽/演劇/映画/ダンス、と全部で4構成になっている。


・写真や映像を使う時に第拙なのは「どの部分をピックアップするのか」ということ。
それぞれ選んでもらった写真の、気になるところを抽出してパフォーマンスにするのもできるし、これをとった時の自分を形にする、ということもできる。
どことコネクトさせるか、ということが重要である。
ここでつながる事、共有することがコラボレーションであり、ただ単に一緒に上演するとかいうものではない。だから逆に、バラバラにしてお客さんに、どういった関係なのか探らせることで、情報のコラボによる作品になる。

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【松島誠さんWS】
ー13:30 2Fスタジオ
重要なのは「決める」ということ。たとえマニュピレーターに操作されていても、その操作を受けて動くのは自分であり、操作をされていながらも常に自分がチョイスしている。
リアリティーをもって「決める」ということ。コンテンツに沿った、もしくは空間に沿った必然性、それに沿って決める。
もちろんマニュピレートするときも決めるのは自分。止まって観察したほうがいいのか、動きながらなのか、どこで観察したらいいのか?どういうふうに選択するのか。
それはすべて、自分のなかの必然性で決める。
その必然性の実感が、身体が説得力を持つことにつながる
●ウォームアップ
・頭部と背骨だけのクリーチャーになる
脱力をしながらジャンプ、そのままジョギングのように部屋中を巡る。
センターを必ず通るように歩く。
・3人1組になる、3人同士は敵。相手に触られたらダメ。避けながら、自分も相手に触ろうとする。そしてどんなときも、猫のように音をたてない足の裏であるように。
そして、戦っている時に、一瞬できる空きの時間に、なにか身体であそんでみる。
・バナナロール・アップ
ノーマル左右/ひらきバージョン左右/もう一度ノーマル(内野さん1回目に詳細)
身体のコアの存在を感じる。中心を感じながら、身体がのびる。身体がデトックスされるような感覚。
自分の体幹と会話してみる
●動く
本番前のウォームアップ。部屋の中に自分の部屋の空間をつくる。高さ幅空間全てを立体的に使って探ってみる。
例えば、身体を軽くつかう、とても低く使う、何かの条件に縛って動いてみる、思考が追いつかないくらい速く速くやってみる。あとは、昨日使った肘とひざを違う場所に置いてやってみる。一分くらい動きを続けるのをやってみる。
・動いてみて感想
なかなか一人ではできない動き。だけど、これをウォーミングアップで一人で舞台上のあいたところでやっています。
これを長い時は50分ほどやる。
時代がかわってあまりスポコン的なことはやらなくなったけれど、「自分を超えてみる」ということは挑む価値がある。疲労のピークのあとにやってくる地点。ある程度ピークを越える、という経験を積んでおくと、本番ちゃんとピークまで行くことができる。いかに力まないか。最小限の力で動くか。いかに軽く、パワフルに、そんな相反する関係。エネルギーは脱力から生まれる。
・気が付いたこと
「最後の方にいくと、一緒にやっている他の人の動きに反応できるようになった。昨日やったマニュピレーションの関係を使ってみた。他の人からエネルギーをもらうことができた」
「新しい身体を見つけることができた。ここまで動くことは初めてだった。」
「時間がとてもとても長く感じて、まだ終わらないかまだ終わらないかと思っていた。だけど、諦めて動こうと決めたら、実際にまだまだ動けたことに気が付いた。自分で、この動きがおもしろいからやってみよう!と決めていたけれど、いざ動いてみると、必死で意識的なことはなにも出来なくなった。」
→意識、無意識の問題はとても重要なことである。内発的でなおかつ、考えてやるのではなく、思わずはみ出してしまうということが、とても魅力的だったりする。
「この動きは覚えられるのですか?」→作品によって覚えられるけれど、逆に忘れようとするときもある。自分がおもしろいと思っていることとは違うことが面白かったりもするから、ビデオをとってあとで動きを見てみたりもする。
「踊っていて限界を超えてくると、どんどんと自分の中に入っていってしまう。」
→たぶん、踊っていてとてもいい瞬間というのは、身体の実感をウソじゃなく感じながら、100%客観的に観察できている時。いつもはないけれど、時々そういう瞬間が訪れる瞬間がくる」

●ファンクション
最初の日に「観察する」ということと「操作する」(マニュピレーション)ということをやった。今回加える要素は「翻訳」(インタープリテーション)
例えば、音楽に対しての「翻訳」(インタープリテーション)
ペットボトルを持ってみる。聞こえてくる水の音のことを、人によっては「小さな海です」というかもしれない。もしくは「これは水分の足りていない人間です」
そういうインタープリテーションを選択して、動きを作っていく。なにをインタープリターするのかということの選択と決定の連続で動きを作っていく。なにか物をインタープリテーションするのか、私をするのか、何か音楽に対してインタープリテーションをしていくのか。パフォーマンスとインタープリテーション。
・素材(マテリアル)観察(オブザベーション)翻訳(インタープリター)操作(マニュピレーション)でやってみる。それぞれの立ち位置で参加するというスタンスで、誰が一番権限をもっているとかそういうことではない。出はけは自由で、板付きでもいつ入ってきてもいい。
(オーディエンスの感想)
一回目
「お互いの関係性がみえて、ひとつの作品のように思った。」
「人がいることがとても助けになった」
「人がたくさんいて、逆に何を観たらいいのかがわからなかった」
「インタープリターがなにをしているのかわからなかった」→この空間を「宇宙空間」だと自分は翻訳した。
→人がもっている機能に注目していた。翻訳者は何を翻訳しているのか、観察者は何を観察しているのか、それを受けて色々な解釈をしていた。
二回目
「音楽がかかるとひとつにまとまる。」→「仲介」という役割を担っている。音楽を流すことで、どこか違うところへ飛んで行ってしまうのではないかというところなどとても気を遣う。なのでダンスをつくるとき、内野さんはBGMをつくらない。ダンス1と音楽1だと1.5にしか上がらない。音楽をパフォーマーにあててあげる。音楽のチョイスも元から決めているのではなく、その時その時のパフォーマンスを見て繊細に選ぶ。そしてパフォーマーはそれを解釈する。ここの掛け合いが1.5以上のものを生み出す。予想しないリアクションが生まれてくることがある。BGMに使われてしまうのではなくて、音楽を「つかう」「加える」
三回目
「だれが操作しているのか、だれか観察しているのか、みんなが混ざり合ってパフォーマンスして、誰がなんなんだかどうでもいい感じになっていた。それがおもしろかった。」
「他の人の動きを模倣するということをやっていたのが面白かった」
「この空間のなかで、みんなが一緒になにかをやっている時がおもしろくて、それぞれがバラバラにやっているときはごちゃごちゃだなと思っていました。」
「僕自身の好みとして、関係性がみえると楽しかった。それぞれが個別にやっている時は、それをやる必然性が見えないので、どうして?となった」
ー最後、松島さんによるフィードバック
「ファンクション」は、あくまで道具でしかない。
「ファンクションがどうでもよく見えた」というのは、ある意味で正解である。ファンクションのそれぞれの役割自体に意味があるわけではない。重要なのは、選択をするということ。
役者は演技をしたがるし、ダンサーは踊りたがる。その時そこにつじつまを合わせるのに、どうやって身体に説得力をもたせていくのかというときの糸口になるもの。重要なことは、関係性があってその中に「する」「しない」の選択がうまれ、そこで「する」を選択した時にどう動くかという事であり、それがリアリティーである。

今回の参加者の解釈、選択のセンスのバリエーションがとてもひろくて、偏っていないのがとてもおもしろかった。そして、その様々な力がそれぞれ影響しあっているのはとても興味深かった。WSをやってみて、私だったらこうするな、とか色々と考えていることがあるとおもうけれど、そういうものをたくさん持ち帰ってくれたらなと思う。

WHARF workshop 2019

アジアの舞台芸術にかかわるあたらしい担い手 のための「波止場のワークショップ」 “The Wharf Workshop” for uprising figures who will lead the future of Asian Performing Arts 「码头工作坊」参与亚洲舞台艺术的人为对象

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